東京家庭裁判所 平成2年(家)9561号 審判 1992年6月22日
申立人 金東明 外1名
主文
本件申立てを却下する。
理由
一 申立ての趣旨
東京都江戸川区長に対し、申立人金東明が届出人としてなした、申立人両名の長女里美(1986年6月25日生)についての同年7月7日付け出生届及び二女千鶴(1988年12月15日生)についての同年12月21日付け出生届に基づき、それぞれの氏名のとおり新戸籍を編製することを命ずる。
二 当裁判所の判断
1 本件記録によれば、韓国籍の申立人金東明と日本国籍の申立人松本百合子は、昭和61年6月9日婚姻届けをした夫婦であり、その間に長女里美が1986年(昭和61年)6月25日、二女千鶴が1988年(昭和63年)12月15日それぞれ出生したこと、申立人両名は、その際、東京都江戸川区長に対しいずれも父姓を子の氏とする出生届けをしたが、いずれも母氏で受理され、その旨の戸籍記載がなされたこと、そこで、申立人両名は、同区長の上記処分を不服として本件申立てをしたことが認められる。
2 ところで、上記子は外国人の父と婚姻した日本人の母から出生したものであるから、日本国籍を取得し(国籍法2条1号)、かつ、法例17条1項により、申立人ら夫婦のうち日本人の妻の本国法である日本民法にしたがい、申立人ら夫婦の嫡出子となり(民法772条1項)、結局民法上の氏を持つ日本人の母の氏を称する(民法790条1項)ことになり、出生届けにより母の戸籍に外国人の父の嫡出子として入籍される(戸籍法6条ただし書き、15条、18条、49条1項)。
このように、外国人と日本人夫婦との間に出生した子は、氏制度を採用する日本民法では、法制度を異にする外国人の父姓又は母姓を当然称することにはならない。したがって、申立人らがその子の出生届けを東京都江戸川区長に対してなした以上、これを受理した同区長としては日本人である母の戸籍に入籍させざるを得ない。
この点について、申立人らは、日本民法790条1項に父母の氏とあるのは、父と母とで合意するいずれかの氏として、氏の選択を認める解釈が正しいと主張するが、法例14条により、申立人ら夫婦の常居所地法たる日本民法750条は、夫婦は婚姻時に定める夫又は妻の氏を称する、と定めており、夫婦別氏制を採用していないので、夫婦別氏制を前提としたと同じことになる父又は母の氏のいずれかを選択して子の氏を定めるというような解釈は、日本民法の解釈としては取り得ないところである。
3 ところで、申立人らは、出生した二人の子について新戸籍の編製を命じることを求めるが、戸籍法では新戸籍を編製できる場合について定めており、婚姻したとき(同法16条1項)、子ができたとき(同法17条)、離婚・離縁等により復氏したとき(同法19条、20条)、外国人との婚姻等による氏を変更したとき(同法20条の2)、特別養子縁組をしたとき(同法20条の3)、分籍をするとき(同法21条)、父又は母の戸籍以外に入るべき戸籍がないとき(同法22条)がこれに当たるが、それ以外には新戸籍の編製を認めていないので、申立人らの上記申立てを受け入れることはできない。
4 申立人らは、氏名は人格権の一内容を構成するものであって、憲法13条の基本的人権として保障されるべきであるから、東京都江戸川区長が申立人らの子の外国人姓を氏とする「金」を松本姓に一方的に改姓することは、憲法13条に違反する不当処分であると主張する。
氏(姓)名が、個人を他の個人から識別し特定する機能を有し、個人として尊重される基礎であるから、氏(姓)名の改変を他から強制せられるものであってはならないが、出生による子の氏(姓)の決定は、本来氏(姓)の改変とは異なり、各国の法制度、習俗によって原始的に定められるものであって、わが国では、氏制度のもとに父又は母の氏によって定める制度を採り、これを戸籍制度と連結させているので、外国人の姓が日本人の氏と厳密には一致しておらず、かつ、外国人のための戸籍を法制度として用意していない現行法制のもとでは、本件のような事態はやむを得ないことであって、国際結婚が増加している状況に対応した戸籍制度上の各種の手当てをする必要性があることについて検討することはともかくとしても、本件によって申立人らの子の氏名についての人格権を侵害したものとする申立人らの主張は相当でないし、外国人と婚姻したものが配偶者の氏に変更し、更にその者らの子がその父又は母の氏に変更できる制度があること(戸籍法107条2項、4項、20条の2)を考えると、上記のようなわが国の法制度をもって直ちに不合理なものということはできない。したがって、申立人らの前記主張は採用できない。
5 よって、本件申立てを却下することとし、主文のとおり審判する。
(家事審判官 上村多平)